指折り

左手の親指に痛みがあるので、形を確かめると嫌な形に内側の曲がっている。夢の中で痛みが失せた隙に自分で力まかせに指を折ったなと思った。あり得ることだと重ねて考えた。それ自体が夢に含まれていた。顎をひいて指をみれば痛みなどどこにもなかった。部屋の温度が外に近づいた寒さに目が覚めていた。窓の結露が凍っていた。

午後2時を過ぎたところで、ガスストーブを消し暫く室温が下がるのを待つと、その温度の下降にシンクロして極端な眠気が上から落ちてきた。そのまま、端末の処理を残し毛布ひとつだけ身体に巻いてカウチに横になっていた。窓の外は雪が四方に舞うようだった。暫く本を捲ろうと思ったが、気づけば夕食の時刻まで寝入ってしまっていた。捲る筈の本は潰れたような形で床に落ちていた。昼間5時間近く熟睡していたことになる。どこで親指を折る決意をしたのか夢を辿ろうとしたが、何ひとつ浮かばなかった。あの痛みはリアルだったと起き上がった身体の感覚を集めながら、拳を握ってひらいた。

横になったソファーは二人が座るサイズで身の丈に合わない。まっすぐ横たわれば首から上と足首から先を切断しないと収まらない。両脇の手を乗せる木製の縁の内側に丸くなるか足を外へ放り出すしかない。古いものだからクッションも柔らかく、みてくれだけうわずってつくられたもので心地の良いものではない。最初はそのお陰で妙な錯覚めいた鈍い夢に惑わされたと思ったが、翌日の午後、再びおなじようなことを繰り返していた。二度指を折ることはなかったが、何か途方もない歩行の夢に囚われていた。そのどこまで歩めばよいのかわからない真直ぐの白い道で、ああ、ここで指を自分で折ったと、根拠のない確信に頷いていた。夢の中で別の夢の理不尽を得心する訝りは、その時はなかったけれども、ふたたび夕刻に目覚めて大きな窓の外の黒い光の失せた光景を仰ぎ見て、夜のはじまりに目覚めるということにゾッと背筋が寒くなった。昼間の夢はろくでもない。やはり眠るのは夜に限る。昼間眠るのは死人の真似をするようなものだから。唐突に嫌な台詞がこぼれた。