枝舟幻視

 おそらく最も古い人間の移動の道具は舟だ。と後付けで独り言ちた。そもそも受け取った美術作品の舟形を日々目にしていたことが幻視へ誘ったにちがいない。ボート、カヌー、カヤックと並べ調べそれらの美麗な形態にうっとりしてから、手作りの過程を重ねて眺め、シーカヤックで波をかき分けて大海に躍り出た人を目を細めて想った。

 舟を真上から見る釣り鐘を上下に合わせた形は、構造的に自然の中でも普遍に位置する形態である上、人間の動きの先に置かれたプレゼントのようなニュアンスもある。過去両手を合わせて発想したかもしれない。などと繰り返しふと顎をあげて窓の外の樹々の中に枝が絡まって出来上がった舟が浮かび、最初はオープンデッキのカナディアンカヌーでもつくろうかと呑気に考えたものが行成り変容して、水に浮く事ができないかもしれない舟を枝で工作してみたいとまですすむ。

 水面に浮かべて人間が乗りそれなりに沈み込む舟は、水を切って進む美しい流線型のほとんどが水面下に隠れて見えない。逆さまにすれば雨露を凌ぐ屋根になり、寝転んで息が絶えれば流される棺桶になる。ノアの箱船とは如何様だったろう。人間は長い時間舟をさまざまに使ってきた筈だと、実際は舟なんて日常使う謂れの無い生活をしているこちらの儚い妄想の範囲を越えるわけではないが、妙に粘り着くように船ではなく舟が脳裏に残るのだった。

 山人が海を幻視する彼方という行方を考えていたこともあり、この森の中で舟をと想う心は悪くないし、あの湖面をと。

ースコットランドで150例、日本で200例などの先史時代の丸木舟の発見例があり、その他獣皮を張った船体に防水を施したシーカヤックに類するものなども存在したと考えられている。
日本の先史時代の丸木舟の発見例はおおよそ200例ほどである。その中には1989年に東京都北区上中里の中里遺跡で発見された全長5.79mの丸木舟や、1995年に千葉県香取郡多古町で発見された全長7.45mの丸木舟など大型のものの出土例もある。また1998年に京都府舞鶴市の浦入遺跡で出土した丸木舟は、現存長は4.4mであるが、幅85cm、長さ8m以上あったと推測され、一本の巨木を刳り抜いた堅牢なモノコック構造の刳舟であり、縄文時代前期には外洋での航海が可能な丸木舟が存在した。ーwiki