横臥景の脇にて

道は北東へみつめの先は西から西南へ回しこの三つの奇妙な連山と隙間に隆起した戸隠を車を降りてしげしげとまた眺めたのは、数日前千曲更埴の姨捨の手前あたりから遠くくっきり眺められた時なるほど高いと地形地勢を再認識したからかもしれないが、それにしても視線の起点の位置によってこれほど理解を変容させる力が生まれる。

飯縄山は西側に戸隠を隠し持ち昨今の観光客の人気スポットでもあり道路は整備されているのでぐるりと周回してこの山を全方位から眺めることができるが、東に寄った国道から東へずれつつ三水を突き抜けて距離を伸ばすと角度がその稜線を柔らかく変え、何かしら巨大な物の横臥と見える。黒姫は裏側に回り込むのがむつかしい。妙高は海からの戻り道にて姿を豹変させる。

目の前の山に対して何も知らないに等しいと感じることがあり、知るというより体感するしかないと諦めて歩くばかりを考えているけれども、それにしてもこの場所は日々躯の隅々に働きかける無限がある。


飯縄山の名称は、「飯砂(いいずな、飯のように食用となる砂の意)」に由来し、信州で局地的に見られる菌類・藻類など微生物の複合体、「テングノムギメシ」(天狗の麦飯)のことを指す。かつては同山中に生息していたが現在は絶滅したともいわれる。凶作の時に飯綱三郎天狗がこの飯砂を配り人々を救ったという伝説がある。
テングノムギメシ(天狗の麦飯)とは日本の中部地方の火山地帯に産生し、戸隠山、黒姫山、浅間山など比較的高地に分布している寒天質の塊である。
産出地のうち、しなの鉄道・東日本旅客鉄道(JR東日本)小諸駅の南東約1kmにある通称“味噌塚”と呼ばれる小高い丘の一角が、テングノムギメシ産地(地図)として、1921年(大正10年)3月3日に国の天然記念物の指定を受けている。分類は藻類・細菌類の発生地としての指定である[1]。
色や形はさまざまであるが、大きさは0.1mmから1cmぐらいの小さな粒状で、弾力があり、乾燥すると味噌の塊のように見える。長者味噌、謙信味噌とも呼ばれ、古くは飯砂(いいずな)とも呼ばれ、「飯縄山(飯綱山)」の名称はこれに由来する。「桃の木から分泌される樹脂を少し堅くしたもの」を想像するとよい、と小林義雄は記している。
山間部の草地で、地下に層をなして見つかる。深さは地下数センチから数十センチに渡って分布し、場所によっては地上に露出し、深いところでは2mにも達する。前述した長野県小諸市では産出地が国の天然記念物に指定されている。
当地では古くからテングノムギメシを修験者が食用にしていたと言い伝えられ、産地一帯は通称「味噌塚」と呼ばれている。特に味はなく、食中毒や感染症、胃腸障害を起こすなど有害であるとの報告もないため食べること自体は可能である。自生地としては他に群馬県嬬恋村があり、クイズ日本人の質問で取上げた時はここのテングノムギメシを採取、撮影していた。
微生物の集合体であるとされるがその生態について詳細なことはわかっていない。
明治の半ばより多くの生物学者の目を引き、大野直枝、川村多実二、ハンス・モーリッシュなど、多くの研究者がこれに係わっている。その結果によると、藍藻類、細菌類、古細菌類、糸状菌などがそこから見出されており、その正体は菌類・藻類の複合体といわれている。また、中村浩によると、Methanococcus、Methanobacillus(現在は無効名)といったメタン菌と、Gloeocapsa、Gloeotheceなどの藍藻の共生体という。しかし、なぜこの地域にだけ産するのか、なぜ地下から出るのか、なぜ腐敗しないかなど謎の部分が多い。
ー wiki