アンデルセンから車で下り降りると標高差で鼓膜が気圧にやられて音が遠くなる。ループ橋を回るときに鼻をつまんでふんと空気を抜くと市街地の気温に気づいた。猛暑の揺らぎがボンネットの上にある。それまで標高の高い等高線を地勢に沿って走ったようだったから、その等高線が飯綱と黒姫の山の麓であったらから、午前から午後にかけての真昼の真ん中、鍋底盆地の市街地と全く関係の無い爽やかさに包まれていた。それでも、アンデルセンの納のお母様は、今日は暑いですねと呟いた。
ビデオカムと三脚など機器を運ぶので、バイクに股がった移動でないのが残念。車の窓から肘を出し、だがそれでも、新緑の樹々のトンネルとなった道を走ればそれだけで自分の身体の中の何か緑色のものが騒ぎだすようで、知る筈のない牧場やはじめて見る光景で生きる人びとすべてに声をかけたくなった。
10年の都会暮らしとの相対で一層感じるということもできる。その前の10年は確かにこの市街地を生きる環境としていたが、決定的に違うのは、あの頃は徹底的に自分のことだけを考えていた。そういう系譜で生きると決めた流れを当時は疑わなかったけれども、都市社会の10年の曲折は、その固持を溶いたと良い意味で捉えることもできるし、そういった意味で様々な人と出会え収穫もあり、勿論現在の未来感を構築する因となったわけだが、同時に深く傷も負ったのだろう。
山々の麓というより、森の中で生きてみようと二年程前から妄想をはじめたのは、回帰という感触ではなく(ー確かに幼少は山の中で育っているのでー)、意味合いからすればその逆のベクトルである未来を引き寄せた結果であるのが、今となっても変わらず面白く感じる。人の波とエスカレーターと地下鉄。騒音と過剰が錯綜するメトロポリスという未来のビジョンはいつ消え失せたか。今思えば、そんなものは現実的なレヴェルでは最初からなかったといっていい。
忙しさも時間の足りない状態も変わらないが、決定的に違うのは、確かな未来へ足を踏み入れたという実感が漲っているという点であり、これを抱きしめないでどうする。
最近は園芸の店で、根を丸く布で巻かれた若い樹々を見上げ、はじめて目にするその名前を覚えようとしている。