Google Earth

 聞き覚えのないような地名を子供が呟く妙な夢のせいもあり、Google Earthのモジュールのアップデートをして、サハリン、カムチャッカ、アリューシャン列島を辿って、アラスカから、シカゴ、ケベック、ロンドン、ベルリンのバンゼーまで、休日の午後はずっと、音楽を聴きながらぐるぐるとラップトップで眺めていた。
 一時期、まだ十代の頃、世界地図に顔をすり寄せて過ごした時間は記憶にあるし、書店や図書館で更新される衛生地図のグラビアを、ヌードとは筋の違った興奮で捉えていた。このカタカナの地名をその場所ではどのように正確に発音されるのだろう。などと妄想を加えて、当時はまだ認識の足りない世界を漠然と丸く無限に膨張する水滴のようなものとして感じていたようだ。忘却している筈の地名が、夢の中で唐突に発音されるということが、何か真上から差し込んだ光のようにも感じる。
 おそらく残りの人生も関与しようがない場所の、克明な静止画像を眺めながら、でも街並の光景の鮮明さに、何度かうたれたように見入っていた。
 ユーザーデータの追加のせいで、情報が加わり、小さな島のこんな場所でと驚きながら、高画質の添付画像を追いかけて、光景のその奥に置かれているような、音を聴きたい気持になった。
 行こうと思えばまだ訪れることはできる。「ありゅーしゃん」と発音してみて、やはりどこか記憶がくすぐられる。
 しかし、ストリートビューの画質の劣悪さはなんとかならないものか。それとやはり、この画像は日々過去となるゆえ、現在という更新手法に関して、googleはどういうつもりなのだろう。繰り返し、同じ場所に車を走らせるのかしら。