blanks of circumstances

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 現代的モラルのひとつとして繰り返し言説化される持続可能という状況検証・変革の考え方は、オイルショックが繰り返された年代、1972年のローマクラブ国連人間環境会議の「成長の限界」にはじまり、1982年ナイロビ会議を経た1987年のWorld circumstance and environment Board「我ら共有の未来」にて、Sustainable Development が概念化され、1992年地球サミットのアジェンダ21のメソド提言から1997年の京都議定書、2002年持続可能な開発に関する世界首脳会議、2005年国連のEducation Sustainable Developmentへと40年をかけて現代へ至っている。この考え方を押し進めることで浮かびあがる事情の隙間を渡り歩くサバイヴァル的な、慎重と勇気を虚位でもよいから刷り込むディベート・コミニュケートを社会科学として学習機能させる現在社会の人間揺籃環境下では、思想外廓の保持の為、時間とともに変容せざるを得ない固有な事情自体が、時として対象としての意味合いを失い、隙間の空白への身の滑り込ませ方、その手法や作法にばかりかまけるという不安がある。複数の枝のように張った事情は、枝振りも立派であるから、まさか事情自体への最たる介入の、いわば枝切りはしない。というより出来ないと発想自体が傾く。批判、批評も存在間の潤滑油のようなぬめりを纏う。

 人間の存在が社会的に機能する構造の外側には、これまで構造を圧迫する「悪意」が存在するとも考えられていたが、種の保存、生存の持続を願う、「持続可能な」人間社会の存続という理念の検証期を経ることで、実は状況を転がし、融通と淘汰を水流のように促したのは社会の外側であった状況の隙間、空白であったけれども、この未知なる空白を意識喪失し、実際は拡張している筈の、時空と反比例する切迫した縮小の脅迫に犯されている自覚に至っている。

 状況の隙間(空白)外側を取り戻す、あるいはオルタナティブを併置する、精神へ気概として表象化するAgendaは、こうした脅迫観念に対する払拭のエネルギーでもあり、これは開発であっても政治であっても、いささか構造科学では割り切れないベクトルの性質がある。

 状況の隙間、空白をめぐる指向性は、このように倒錯したモラルによって知らぬうちに支えられていると意識した途端、固有な眼差しの所以が、時代という結節の大気の中でしか育まれないのだから、この屈折を物理的な位置エネルギーのような「あるがまま」として生存戦略とすることは、状況構造の臨機矯正につき合うよりも合理的であり自由であるともいえるが、その自由と釣り合う筈の、例えば、月の、あるいは月からの精密なイコンを手に入れた記憶を共有しているにも関わらず最先端のテクノロジーの集結は天気予報機能止まりであり、細分化された小さな結果の持続というループに落ち込む。

 記録を記憶へ人間的に変異させるテクノロジーは、「持続可能」と併置すべきもうひとつのモラルとなる時を得ることで、相対的に天気予報は、気象、人口、熱、移動、植生、プレートエネルギーなどを含める全状況俯瞰システムとなり、このテクノロジーの促す記憶が、ようやく月からのイコンと符号する。
 

 

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