Achievement(達成)とは違う。何も完了したわけではない。悶々と妄想の澱の中で、ああでもないこうでもないと行ったり来たりしている仕草(のようなつもり)は不毛で、実際は微動だにせず、硬直しているようなものだ。観念の膨張を棄てるようにさっさと立ち上がって、皆目見当のつかない現実へ投じるような、小さな実現が及ぼす事は計り知れないと実感する。
だが硬直の時間は無駄ではないし、なんとも恥にまみれた鉱物の呟きも、実現が呼び込んだあれこれを、どこかで支えている。勿論こうすることを事前に決定していたと了した呟きも、いざ存在の滴りが香るような実現の光景では、圧倒的な想定を超えた力を漲らせるので、おぉと今更に頷くより声が出る。
ともかく見えないことへ踏み出す意味のあれこれはどうでもいい。身体が動けば、動くうちはなんとかなりそうだ。だからカメラは、身体を動かす為に位置すると、これも、動かなくなりそうな時間の縁でようやく、過去頭の中で転がした意味合いが深く近くなってきた。
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