April 2010 Archives

疑似

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 映像は時間の疑似態であると、夢の中で諭されていた。そんなことはとうに気づいていたよと応えつつ、では、断片的な併置はその疑似態とどのような違いと意味があるのだと、まるで会議かなにかの席で、説明責任のある者に対するような視線を感じながら、お前らわからんのか、これは時間だけの疑似ではなくて、時空、つまり空間、空虚を取り込んだ現実の形だと言葉にしながら、途端に何も伝わらないと口を閉ざした。

 人間の意識が、時空のどこに広がるのか、その問いが形となるのではなく、これは意識の広がり自体でないか。深い睡眠からふいに覚醒して、夢の続きの中、さきほどの姿勢を擁護するような呟きが漏れた。

 いずれにしても、この抽象をもう少し考えなければいけない。水をボトルで腹に流してから、カウチで目を閉じると、また深い睡眠へ落ちた。

 疑似、疑似ってあなた、ここの議事は、わかりやすいことがモットーで。あなたの言うように、時間と空間は、別ですから。ちょいと、隙間、空虚な広がりって、それは時間じゃないですか。
 再び繋がったような夢のはじまりは、頓珍漢だが落語家の見事な話芸が聞こえ、ああ、あなたに任せると、沈むような楽な気分になった。

 

実現

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 Achievement(達成)とは違う。何も完了したわけではない。悶々と妄想の澱の中で、ああでもないこうでもないと行ったり来たりしている仕草(のようなつもり)は不毛で、実際は微動だにせず、硬直しているようなものだ。観念の膨張を棄てるようにさっさと立ち上がって、皆目見当のつかない現実へ投じるような、小さな実現が及ぼす事は計り知れないと実感する。

 だが硬直の時間は無駄ではないし、なんとも恥にまみれた鉱物の呟きも、実現が呼び込んだあれこれを、どこかで支えている。勿論こうすることを事前に決定していたと了した呟きも、いざ存在の滴りが香るような実現の光景では、圧倒的な想定を超えた力を漲らせるので、おぉと今更に頷くより声が出る。

 ともかく見えないことへ踏み出す意味のあれこれはどうでもいい。身体が動けば、動くうちはなんとかなりそうだ。だからカメラは、身体を動かす為に位置すると、これも、動かなくなりそうな時間の縁でようやく、過去頭の中で転がした意味合いが深く近くなってきた。

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