映像は時間の疑似態であると、夢の中で諭されていた。そんなことはとうに気づいていたよと応えつつ、では、断片的な併置はその疑似態とどのような違いと意味があるのだと、まるで会議かなにかの席で、説明責任のある者に対するような視線を感じながら、お前らわからんのか、これは時間だけの疑似ではなくて、時空、つまり空間、空虚を取り込んだ現実の形だと言葉にしながら、途端に何も伝わらないと口を閉ざした。
人間の意識が、時空のどこに広がるのか、その問いが形となるのではなく、これは意識の広がり自体でないか。深い睡眠からふいに覚醒して、夢の続きの中、さきほどの姿勢を擁護するような呟きが漏れた。
いずれにしても、この抽象をもう少し考えなければいけない。水をボトルで腹に流してから、カウチで目を閉じると、また深い睡眠へ落ちた。
疑似、疑似ってあなた、ここの議事は、わかりやすいことがモットーで。あなたの言うように、時間と空間は、別ですから。ちょいと、隙間、空虚な広がりって、それは時間じゃないですか。
再び繋がったような夢のはじまりは、頓珍漢だが落語家の見事な話芸が聞こえ、ああ、あなたに任せると、沈むような楽な気分になった。