とりつく島がない感覚は、不毛であるということではない。とりつく理由根拠の見当たらない似たような島ばかり密集しており、選択する意思決定が定まらないという意味で、世界は新しい意味での荒野あるいは荒地ということだ。歩みによって、その道筋に在った事事にとりあえず近づくということしかできない。蟻の歩行のようなものだが、多少なりとも蜜は蓄える。
蜜自体はどうでもいい。荒野のスケールを絶えず感応していたいわけだから、蟻は道に迷いつつ、蜜ではないものを担いで、巣へ戻ることすら忘れる。
歩き方も様になる頃、停止する。静止の骸がそのまま荒地の一部に回帰すれば本望というわけでもない。粒子はひたすらな下降上昇の運動となって分散し・・・・
よく笑う明るさと、負けないよと口元をへの字にして今にも駆け出しそうな運動能力が漲る人間を眺めて、ああ、ただこれだけでいいか。こういう大人になりたいとあの時は思ったものだと憶いだした。
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