深夜車の鍵をもって戸を閉め、気づけば車など使わずに虫の音が響く道をコンビにまで歩いていた。露の残った雲が見えない夜空にまだ厚く広がっているのか、かなりの距離に止まった配送トラックの運転手が荷台を転がす音が、すぐ其処に聞こえ、帰り道右手にぶら下げた袋が路肩の家々のブロック塀に反響したのか、手前の中空に聞こえ、思わず対面を誰かが歩いている錯覚があった。この街の中、運転手と眠たそうなレジの店員の青年とこちらだけが蠢いているのみで、盆地全体が死んだように眠っているような気がした。
地面から十メートル程で靄がかかり、街路灯の灯りがぼやけているのは、目の疲れのせいではないと思った。
コンビニまでの距離が掴めず、三百か否五百か、一キロはあるわけないが、判然としない。弱い夜の道に谺し反響する自分の足も加えた音も乱れ、無音に戻るような騒がしさとなり、電柱に手を触れてみたが、この固さ、この冷たさに馴染みがないように思われ、これも妖しいと感じる。
1902年、明治35年12月1日付けで、同年36歳の漱石が倫敦から虚子に送った、子規の死に対する悔やみの手紙を読んだ後だったから、倫敦の霧のような気配が夜の道に迷いこんだ。これから帰国するが、自分よりも手紙のほうが早く届くだろうとある。
ー
文章など書き候ても日本語でかけば西洋語が無茶苦茶に出て参候。また西洋語にて認め候へばくるしくなりて日本語にしたくなり、何とも始末におへぬ代物と相成候。日本に帰り候へば随分高襟党に有之べく、胸に花を挿して自転車を乗りて御目にかける位は何でもなく候。
倫敦にて子規の訃を聞きて
筒袖や秋の柩にしたがはず
手向くべき線香もなくて暮の秋
霧黄なる市に動くや影法師
きりぎりすの昔忍び帰るべし
招かざる簿に帰り来る人ぞ
皆蕪雑、句をなさず。叱正。(十二月一日、倫敦、漱石拝)
ー子規の死を知り虚子に宛てた漱石の手紙 / 漱石・子規往復書簡集より抜粋
地面から十メートル程で靄がかかり、街路灯の灯りがぼやけているのは、目の疲れのせいではないと思った。
コンビニまでの距離が掴めず、三百か否五百か、一キロはあるわけないが、判然としない。弱い夜の道に谺し反響する自分の足も加えた音も乱れ、無音に戻るような騒がしさとなり、電柱に手を触れてみたが、この固さ、この冷たさに馴染みがないように思われ、これも妖しいと感じる。
1902年、明治35年12月1日付けで、同年36歳の漱石が倫敦から虚子に送った、子規の死に対する悔やみの手紙を読んだ後だったから、倫敦の霧のような気配が夜の道に迷いこんだ。これから帰国するが、自分よりも手紙のほうが早く届くだろうとある。
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文章など書き候ても日本語でかけば西洋語が無茶苦茶に出て参候。また西洋語にて認め候へばくるしくなりて日本語にしたくなり、何とも始末におへぬ代物と相成候。日本に帰り候へば随分高襟党に有之べく、胸に花を挿して自転車を乗りて御目にかける位は何でもなく候。
倫敦にて子規の訃を聞きて
筒袖や秋の柩にしたがはず
手向くべき線香もなくて暮の秋
霧黄なる市に動くや影法師
きりぎりすの昔忍び帰るべし
招かざる簿に帰り来る人ぞ
皆蕪雑、句をなさず。叱正。(十二月一日、倫敦、漱石拝)
ー子規の死を知り虚子に宛てた漱石の手紙 / 漱石・子規往復書簡集より抜粋
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