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  おもては雪だという。何日かぶりに、戸外のことを思い出した。
 まだからだを起こすわけにはいかなかったが、仰向けのままドアの外の足音を耳でたどっていると、廊下の様子がほぼわかった。そんなに長い廊下ではない。左のほうへすこし行くと壁に突き当たり、そのあたりに流し場がある。付添の人たちが洗い物をしながら世間話をしている。水音はかすかな谺をこもらせる風には伝わってこないで、固い壁にあっけらかんと響いた。
 三日目の夜中に、子供の泣き声で目を覚ました。階下のほうで声をかぎりに泣き叫んでいる。一晩中きれぎれに眠って、目を覚ますたびに泣き声を聞いた。ある時は甲高く、ある時はもう半分眠りの中からたえだえに泣きじゃくっていた。そのたびに毛布の下でからだをもそもそと動かして、痛みのないことの安堵に漬かった。
 母子三人の飛込自殺の、生き残りの男の子だったことを、翌日になって知らされた。母親と小学生の上の娘が、夜更けに無惨な姿で近くの駅から運びこまれた。母親は病院に着いた時にはもう息がなかった。女の子のほうは片足切断の重傷にもかかわらずまだ意識が残っていて、住所と氏名をはっきり告げてから息を引き取った。五つになる男の子は、親子三人してホームから電車の前に飛びこんだ時、からだが外側に残って、ホームに勢いよく叩きつけられたが、首がやや右に傾いだだけで、あとは傷もなかった。子供を道連れにするつもりでも、いざとなったら反射的に上の女の子を胸の下にかばって、下の男の子をホームのほうへ突き飛ばしたのではないかしら、と看護婦は言った。ー

水 (1972) / 古井由吉 より抜粋

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This page contains a single entry by machidatetsuya published on September 29, 2009 10:18 PM.

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